人気漫画「黒子のバスケ」をめぐる連続脅迫事件で威力業務妨害罪に問われた派遣社員・渡辺博史被告(36)の初公判が、13日に東京地裁で開かれた。その際に渡辺被告が用意した意見陳述は、公判で読みあげなかった部分も含めて月刊「創」編集長の篠田博之氏によって全文公開されたが、その内容は自らが起こした事件を「人生格差犯罪」と呼ぶ衝撃的なものだった。
意見陳述では、渡辺被告の“自分語り”が繰り広げられた。自分を「人生の駄目さに苦しみ挽回する見込みのない負け組の底辺」と呼び、自殺を考えていたという渡辺被告。だが、ある日「自分の持っていないもの」を全て持っている「黒子のバスケ」作者の藤巻忠俊氏の存在を知り、それが犯行につながったという。具体的には「学歴」「バスケマンガでの成功」「ボーイズラブ系二次創作での人気」に嫉妬したといい、同作に特別な思い入れはなく、たまたま目についた藤巻氏を標的にしたという。
犯行動機については「10代20代をろくに努力もせず怠けて過ごして生きて来たバカが、30代にして『人生オワタ』状態になっていることに気がついて発狂し、自身のコンプレックスをくすぐる成功者を発見して、妬みから自殺の道連れにしてやろうと浅はかな考えから暴れた」と論述。劣等感と嫉妬から生まれた犯罪であることを自らも認めた。
また、渡辺被告は学校でのイジメや親から否定された経験などについても綴り、友人も恋人もおらず、ずっと非正規雇用で社会的地位がないことを強調。「自分は生まれてから一度も恋人がいたことがありません。恋人いない歴=童貞歴=年齢です。自分はネットスラングで言うところの『魔法使い』です」とも告白し、さらには「自分は同性愛者」とゲイであることまでカミングアウトした。
社会的弱者であると自認する渡辺被告は「せめてもの一太刀」として犯行に及んだと主張しており、ネット上では渡辺被告と同世代や若年層のユーザーから「共感してしまった」「頭がおかしい人ではなく、自分とほとんど変わらない」「自分も不満が爆発しそうなことはある」という声も数多く上がっている。秋葉原殺傷事件でも同じような同調現象が起こったが、若い世代を中心に共感を呼んでいるようだ。
渡辺被告の意見陳述には一つの特徴がある。ネットスラングやネットの話題が非常に多いことだ。藤巻氏の経歴や人気ぶりに嫉妬したという彼だが、それはネットで目にしたものだった可能性があり、ネットが嫉妬心や劣等感の「増幅装置」の役目を果たした側面もありそうだ。
ネットを使えば、本来は気にしなくていいような成功者の生活や人気ぶりが事細かに分かってしまい、さらにSNSでは友人たちのリア充アピール合戦が繰り広げられる。恋人や友達がいなければ負け組のような空気が存在し、仕事でも正社員が羨ましがられる傾向にある。ネットでこういった情報を目にしないようにするのは不可能に近く、嫉妬心や劣等感の強い人間ほど他人の動向を気にして深追いしてしまう。
渡辺被告は自分の立場を劣等感丸出しで語っていたが、正社員になれず友達や恋人もいないという人は世の中に少なくないはずである。2013年度の国の「労働力調査」によると、非正規雇用の割合は平均で36.6%。男女別では男性が21.1%、女性は55.8%という結果だった。また、昨年のリクルートブライダル総研の調査によると、20~40代の未婚者男女2352人のうち約72%が「恋人がいない」と答えた。しかも全体の約30%は「異性と付き合ったことがない」と回答している。
雇用や人間関係だけが理由ではないにせよ、渡辺被告だけがとりわけ厳しい立場に置かれていたわけではない。意見陳述の最後には「こんなクソみたいな人生やってられない。とっとと死なせろ!」と叫んだ彼だが、あまりにも視野が狭すぎる。それでも彼が無関係の他人の幸せに嫉妬し、相対的に「自分は不幸」「人生オワタ」と感じて劣等感を抱いた背景には、ネットという嫉妬心の増幅装置があったのではないだろうか。
だからといって「ネットは悪」と論じるつもりはない。あくまでネットは道具でしかなく、どのような結果も使う人間次第だからだ。だが犯罪までいかなくとも、嫉妬心で有名人に粘着や嫌がらせをしたり、精神のバランスを崩してしまうような人は増えている。ネットをよりよいものにするためにも、こういった不毛な嫉妬心と向き合う必要が我々にはあるのかもしれない。(佐藤勇馬)